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人は、なぜ絵を描くのか?そして描き続けるのか?

July 8, 2018

7月3日(火)蒸し暑い日。絵を学ぶ学生 留学生らと吉祥寺美術館に江上茂雄 風景日記を鑑賞した。江上は、1912年 明治45年現在の福岡県みやま市に生まれ、2014年平成26年101歳で亡くなるまで、絵を描き続けた。特に定年後の1979年〜2009年の約30年間、正月と台風の日を除き毎日屋外で、安価なクレパス、クレヨンを使い1日一枚描き、2万点に以上の作品を仕上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きさは、大きくても50cmX60cm くらいだろうか?

屋外で描く作品としては、ちょうど良い大きさでパステルの重なりが油彩の重厚感を思わせる。色彩は鮮やかで、正確なデッサン力と風景に対する温かい眼差しが読み取れた。決してドラマチックな景色ではなく、ごくありきたりな田舎の風景をまっすぐに描いた作品である。ただそこには風景に対する想いがあり。生まれ育った土地や自然に対する愛着とそこで過ごした時間さえも感じられた。

 

何度も画面と対象を見つめ、線を引く、そして何度も画材を塗り重ねる。目で確認し、手で実験し、そしてまた確認する。  この無名の画家の妥協しない姿勢は、年齢を重ねてもクオリティーがほぼ変わらない凄みがある。まるで絵描きマシーンのようなサイクルで作品を生み出して行ったのだろう。また修行僧のようでもある。

 

 

 

江上茂雄は、「無心」なのだと思った。何も願わず何も夢見ず、ただ自分と対象の間に絵がある。画材は安くて使いやすいもので良い。そういった心境で絵を描いたのではないだろうか?

もちろん、売れたいとか有名になりたいとかも少しは考えていただろうが、それ以上に絵を描く行為が特別なものではなく、当たり前の日常としてあり、頑固なほど揺るがない姿勢からは

迷いや葛藤などとは、全く無縁の潔さがある。

 

 

 

会場の作品の横には、いくつも本人の言葉が掲げられていたが、素朴な人柄と身の丈にあった暮らしぶり、そして絵を描くこと。絵を熱心に勉強していることが感じられたが、何か達観した心境や特別ありがたいお言葉などなく、それが、さらに絵の魅力を引き出していた。

 

そして、江上の作品群は、日本人の持つ自然観。精神性の高い、雄弁な絵だと思った。

この画家を知れて、作品を見られてとても幸せな気持ちになった。

 

 

画家とは、人をこのような気持ちにさせる生き物なのかもしれない。

 

 

帰り道、吉祥寺のファミレスで安いワインをデカンタで呑んだ。幸せな気分で江上作品に酔いしれた。

 

 

 

 

 

 

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