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ボナールとマチス

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9月11日月曜日。アメリカ同時多発テロから16年経った日、池袋の中華料理店で、版画家の大沼正昭さん、ミラノ在住の画家清水哲郎さんと食事をしながら絵の話に夢中になった。大沼さんが、ふと「マチスとボナールはよく比較されるが、自分は洗練されていないボナールに惹かれるんだよな」という言葉が、ずっと心に残っていた。改めてボナールの作品を図版で眺めてみた。

これは、1913年に描かれた「田舎の食堂」という157.5X200cmの大きな作品だ。ボナールは窓辺をよく好んで描いたのだが、これは45歳の時に購入した家のドアと窓を描いた作品で、とても興味深い、屋内と屋外の光の対比、窓枠のフレームとキャンバスの矩形がリズムよく画面が一つにまとまり、 椅子とテーブルに置かれた果物の有機的な曲線が、画面の中の水平に近い線、垂直の線と呼応しあい視点が動く演出になっている。確かに絵から受ける印象は、決して洗練されていないものの画面の構成は、驚くほど緻密に計算されていて見入ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「化粧」1914年120X80cm は、大胆に画面に垂直線が横断し、その対比で女性の肉体の曲線が際立って見える。鏡の縁の淡い色彩は、鏡の中の肉体の色彩と響きあい、光は、右側後ろから入ってきている。実像と鏡の中の虚像との間で視点は、なんども往復してしまう。

 

「コーヒ」1914年73.6X106cm

テーブルを斜めから見下ろす角度から描かれ、画面のほとんどはテーブルの模様である「田舎の食堂」同様に右隅の模様が画面に引き込まれる演出になっている。豊かな色彩とは、色彩同士の響きあいから生まれるのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、マチスの1914年に描かれた「室内、金魚鉢」も146.5X97.5cmという大きな作品だ。マチスは金魚を好んで描いたのだが、この作品は構成が複雑でとても面白い。画面中央の金魚鉢。その横の鉢植えの茎は窓の方へのび屋外の景色と繋がる。そして室内は、奥に続く遠近法的な空間と左下のテーブルに見られる別な視点から描画が見られ、キュビズムの要素が取り入れられ不思議な空間を演出している。画像では分かりにくいが、マチスの黒は、下地に見える赤や青の効果と色相、彩度が注意深く描き分けられている黒で、ただの絵の具のチューブの黒には決して見えないところが、とてもにくいのである。

 

マチスとボナールの論議は、美味しい中華料理の味とともに思い起こされ、図版ではあるものの両方の画家の作品を眺めているととても幸福な気持ちになる。人は憎しみあい、争い合う生き物のようだが、絵画を鑑賞し豊かな気持ちで過ごす時間だけでも、人は、ささやかに幸せになれるのではないかとと考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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