Copyright © 2017 kentaro68  All Rights Reserved.

April 12, 2018

October 25, 2017

Please reload

最新記事

見えることの限界 ー馬場健太郎、ティル・ナ・ノーグギャラリー個展

March 27, 2017

1/2
Please reload

特集記事

絵を描く人たちの事。

February 10, 2013

2月8日金曜日 母校の若い学生たちの作品の講評会。
生徒数は少ない。さらに決して恵まれている環境とは言えない中で、黙々とそして淡々と画面と格闘している。まだ画面の大きさになれていないのは、直に慣れるだろう。
ただ、目の前の自分の見たい風景に出会う為に費やす時間とエネルギー。油絵の具の古典技法も実習で積み重ねて来たであろう彼らの未知なる力と潜在的な魅力に大いに触発される。
作業の積み重ねや作品に向かうまでの準備や心構えの話中心。

卒業制作を終えた学生が、アトリエに戻ってきて残り僅かな時間も学校で作業をしようとしている姿勢。その生徒の場所には「妥協しない」という走り書きのメモ。実直で心地良い。
学生たちの話を親身に聞く先輩講師。20年前の自分を思い出す。

見た目の変化(白髪など)の話などで何故か和む。

 

 

 今、日本の美術教育が問われている。美術教育で世界のトップアーティストは育つのか?というシンポジウムが行われていたり、アーティストと呼ばれる人が正規の美術教育以外のところからどんどん出て来ている。少子化による学校自体の真価が問われている中で、さらに「好きな事をさせてやりたい」と言う親御さんたちの状況も大変厳しいという社会状況の変化に、一流美大の指導者たちが危機感を持って対応している。と同時にワークショップ連続講座の様な現場主義のアーティストたちが、クリエーターや美術家を目指す若者に刺激を与えている現状。それ自体は、魅力的なアクションだと感じるが、僕は60歳をすぎてもロックミュージックを演奏し続けるオヤジとそれを楽しむおばさんに「アート」を感じたりもする。詩吟ではなく「ロック」というところがポイントでもある。つまり一過性の動きでは、イカすオヤジにはなれないという事でもある。「抗い」続けるという事は、とても難しい。ただ単に政治や権力に対し反抗的な態度で接したり、不平不満を言う事ではなく「自己を見つめ直す」というあまりやりたくない行為がともなうからだ。できれば自分の事は嘘でも正当化したいし棚にあげて、やり過ごしたいと気持ちが働くからだろう。若い実直な学生のアトリエの隅に書かれていた「妥協しない」という当たり前の言葉に逆に大切な事を教わった気がした。夕方。表参道画廊+MUSEE F FACE THE FAR EAST 銀座「井上画廊」それぞれの「ゼロ」展小林企画画廊室 赤塚祐二展僕が学生時代から憧れていた画家で、今も尚、作品展開に挑戦している希有な作家だと思っている。たまたまご本人もいたので、随分長い事話をさせて貰った。油絵の具の話。ドローイングの話。なかなか完成しなくて何年もかかって出来た小さな作品の話。失礼な話だが、年齢を超えて赤塚さんと話していると絵描き少年同士が遊びの約束をしている気持ちになる。そんな時、僕は、今とても貧困だが絵描きと言う道を選んで良かったと思えるのです。

Share on Facebook
Share on Twitter
Please reload

ソーシャルメディア
Please reload

タグから検索